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20Days
2007 / 05 / 24 ( Thu )
うちのダイニングでちくわを主食に生息していたかにウェンズデイが、
今朝未明、帰らぬかにになりました。
あさりと一緒に連れてこられてしまったウェンズデイ
「3日くらいしか生きないよ」と言われつつも20日と少し、
ちくわを主食に生き延びたウェンズデイ
暑くなってくると水が汚れやすいため、汲み置きの海水を常備して
水替えしていたけれど、やはり水槽は海の代わりにはならなかった。

旦那さまと一緒に釣りに行くというユウキくんと三人で朝四時過ぎに帰宅し、
水槽を覗いた時、ウエンズデイは貝殻の横でじっとしていました。
いつも、私たちが帰ってくる頃には、貝殻から出て爆睡していて、
しばらく覗いていると、ハッ!と気づいて
あたふた貝殻に潜り込むのが常だったのだけれど、今朝は様子が違ったので
私はなんだか嫌な予感がしたのです。
旦那さまユウキくんが夜食を食べ始めたので、水槽を流しへ持っていき、
水替えしようと、海水を入れたお丼にウェンズデイをすくい入れたのですが、
ウェンズデイはじっとしたまま動かない。・・・やっぱり。

「ウェンちゃんが死んじゃった!」
と私が叫ぶと、旦那さま「嘘だっ!」と飛んできてお丼を覗き込みました。
軽くつついてみると、ほんの少しだけ弱々しく足を動かします。
いえ、それは自分で足を動かしたのか、
水の揺れにつられて動いたのか、はっきりとはわからないくらいの動き。
そのくらい、ウェンズデイは小さいかになのです。

「ちょっと動いたよ。しばらくしたら、復活するかもしれないから
 もうちょっと様子をみたら?」

「・・・でも、だめだと思う。だって、いつもと違うもん」

水槽を持った時から私は気づいていたのですが、
水からは、少しいつもと違う匂いがしていました。
いつもより、もっと海っぽい匂い。港の近くにいくと、漂ってくるような。
海辺の街でかぐ、あの匂いは
生き物たちの死の匂いを含んでいたんだな、と
その時、私は思いました。

「でも、まあ」
旦那さまは私の肩をポンポンと叩いて言いました。
「よく生きた方だと思うよ」
「だけど・・・やっぱり可哀想だったよ。もう、かには連れてこないでね」
私の言い方がちょっとうらめしそうだったせいか、
旦那さまは閉口したように「だからぁー」と天を仰ぎました。
「最初から釣り餌にするつもりだったんだってば!」

朝まで様子を見たけれど、ピクリとも動かなくなってしまったウェンズデイ
お気に入りの貝殻と一緒に、三本桜の根元に埋めてきました。
海に帰してあげたかったけれど、それもかなわなかった。
ごめんよ、ウェンちゃん。
ウェンズデイのお墓の周りからは、もうすぐ沢山の蝉が這い出てきて、
短い命を謳歌します。
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捨てたいもの・なくしてしまいたいもの
2007 / 05 / 22 ( Tue )
・・・私が耳にした「ぼっくり語録」をご紹介しましょう!、とか言って。
長らく間を空けてしまったワタクシでございます。

理由その? なんだかんだ忙しかった。
理由その? なんだかんだ忙しいところへ東京のが数日間滞在した。
理由その? なんだかんだ忙しいところへ旦那さま経由で夏風邪をひいた。

気を張ってる時は風邪をひかない、なんて言いますが
忙しくてもやっぱり風邪はひくんですねぇ。
今回は結構長びいてしまい、二週間近くたって今も完治してなくて、
ハナミズのかみすぎで鼻の周りが一皮むけた赤毛ならぬ赤鼻のアニーです。

東京のが帰ってきていた間は、家族で下のの家を大掃除していました。
の家にはの事務所の荷物を運び込むことになっているのですが、
まずそのスペースを作らなければいけないということで。
弟は5DKの家に1人住まい。そこがまた・・・いや?、本気で汚い
モノに溢れかえっている。いや、誤魔化すのはよそう。
モノではなく、あれは全部ゴミです。
時々ニュースに取り上げられるゴミ屋敷の一歩手前。
外にゴミが溢れ出ていないのが救いだけれど、中は足の踏み場もない。
ひと部屋は洗濯済みなのか未洗濯なのか不明の衣類で
完全に埋まっていたので、私はまずそこからお掃除開始。
全部捨ててやる!と息巻く私に不安を覚えたがうろちょろしています。

「うっわ、汚?い。これ、本当に洗ってあるの?」
「ちゃんと洗濯してあるって?」
「ほんとにぃ?でも、なんだか薄汚れてるよ」
「匂いかいでみればわかるよ」
「じゃあ、かぎなさいよ」
「俺、鼻炎だもん。代わりにかいでみてよ」
「こ・・・ことわるっ!」

少しマシな状態の衣類だけを洗濯機に突っ込んで洗いつつ、
後は片っ端からどんどん捨てていく。

「それ捨てないでよ?、まだ着るかもしれないから」
「着ない!一年も二年も着なかった服は、もう着ないんだから」
「いつか、着ようかな、って思うかもしれないじゃん」
「最初からなかったものだと思ってあきらめなさい」

シッシッとを追い払い、見ていない隙にじゃんじゃん捨てる。
やっと床が見えて来た頃、積み重なった衣類の下からカナブンの死骸と、
紙おむつ(未使用)が出てきた時には泣きたいような気分に。
だってね、が離婚したのは、もう五年以上も前なのですよ。
姪っ子の紙おむつが埋まっていた、ということは、
つまりそれ以来、この部屋は掃除されていないことになる。うきゃー。

「俺にとっては捨てられない思い出なのかな、とか思わない?
 夜ごと紙おむつを抱いて涙にくれていたのかもしれないでしょ」


カナブンの死骸と一緒に埋もれさせといて、誰が思うか。
離婚、というのは結構へヴィーな体験だから、
しばらく何も片づける気が起きない、というのは理解できる。
でも「しばらく」が五年以上続くのは、やっぱりどうかと思うのよ、姉的に。
あなたが大切にすべきなのは、子ども達への想いであって、
紙おむつやその他諸々の、かつての暮らしを物語るゴミなんかでは断じてない。
思いきって捨てておしまい!そして未来へ目を向けるんだ、よ。

思いきる、ということは、そのモノに対する愛着や執着や、
なんだかもったいないな?、まだ使えるかな?ナドという感覚まで、
全てを含めて「思いを断ち切る」ことなので、
持ち主にはなかなか「思いきり」がつかなかったりするものですが、
ひとのモノっていうのは冷静な判断のもとに、どんどん捨てられる。

私自身はあまりモノに執着するタイプではないし、
大掃除ともなれば「思いきり」を大放出します。
冷静になれば、いらないもののなんと多いことか。
これはいらない、と「思いきり」のラインを一旦ひいてしまうと、
じゃあ、これもいらない、あれもいらない、と次々に捨てることができます。
モノに関してだけ、言えば。

問題なのは、モノではない。
いらない、と思っているのになかなか捨てることのできないもの、
なくしてしまえないものは、自分のなかにこそあるのだ、と
最近しみじみ思うのです。
私の場合、それは「見栄」「意地」
見栄を張らずに、無理です、と、私はここまでの人間です、と言えたらいいのに。
引っ込みつかなくなって意地を張る前に、降参です、と言えたらいいのに。
見栄を張って、意地を張って、それでもなんとかやり仰せてしまうと、
次からはそれが当然になって、自分の首を絞めるという
苦い経験を何度となく繰り返してきたにも関わらず。ああ、馬鹿。馬鹿だわ。

「見栄を張って、得したためしなんてないのにねぇ」
と、ぼやいていたら、
大学生のお客さまが「ホントそうっすよぉ」とうなだれました。
彼は先日、学生どうし数人で通りかかった焼肉屋さんに入ったのだそうです。
九州出身の彼は知る由もなかったのですが、そこは高くて有名な焼肉屋さん。
メニューを見て目玉が飛び出たけど、今さら店を出るわけにも行かなくて」
みんなでコソコソ、お財布の中身と相談しながらお肉を注文し、
お腹は満たされず、財布は空っぽという状態で帰ってきたのだそうです。

「ああ・・・あったわ、そういうの」
私が思いだしたのは、やはり学生時代の思い出。
当時の恋人とドライブに行った帰り道、喫茶店で軽い食事でもしよう、と
通りかかったお店に入ったのです。
初めて入ったそのお店はティールームとレストランに分かれているようで、
「お食事ですか?喫茶ですか?」とお店の人に訊ねられました。
「食事です」と答え、
店の人の案内についてレストランに足を踏み入れた瞬間、
ピタリと足を止めた彼の背後から店内の様子を伺うと・・・なんだ、ここは。
テーブルクロスの上に美しくセットされたナイフとフォーク。
照明を受けて輝く、金魚鉢みたいなサイズのワイングラス。
・・・ふ、ふふふ、フレンチレストランじゃん、ここ。
室内にお客はもう一組。裕福そうな老夫婦が赤ワインを飲みつつ、
愉しんでいる食事が、まあ、なんだか素晴らしいフルコース。
彼の上着の裾をクイクイと引っ張る私。しかし彼は、
「こちらへどうぞ」と招かれる方へ「はい」と声をひっくり返らせつつも
進んでいきます。右手と右足を一緒に出しながら。

席に着き、店の人がメニューを置いて一旦下がると、早速私は訊きました。
「大丈夫?ここ、喫茶店じゃないよ」
「わかってる。大丈夫だ、ハンバーグくらいあるだろ」
「ハンバーグって、フランス料理じゃないよ」
「そ、そうなの?・・・でも、二人のお金足せば、何か食べられるだろ」
「私、千円しか持ってないけど」
「・・・千円以下のメニューをさがそう」
あんたも千円しか持ってなかったんかい。慌ててメニューをめくる若き恋人達。

・・・あった。千円以下のメニューが。
「ラタトゥイユ・・・南仏風野菜の煮込みか。これしかない」
やってきた店員さんに「コースですか、それともアラカルトで」と訊ねられ、
激しく瞬きをする彼。
「ア、アラカルトで。ラタトゥイユを下さい」とすかさずフォローする私。
「ラタトゥイユを。お二つ?」 「はい」
「パンは?」 「結構です」
「お飲物は」 「け、結構です」
今思えば、もう絶対に店の人には「この子たち間違えて入ってきたな」
思われていたに違いないのに、なぜつまらない見栄を張ったのか。

出てきたラタトゥイユの、あまりの量の少なさに目を剥く彼に、
それでも「私、ラタトゥイユって一度食べてみたかったんだ」
笑って見せた自分は健気なやつだったよなぁ、と振り返りつつ、
本質的にはあの頃とあまり変わっていないんだわ、と情けなくもなる。
たぶん今、あの時と同じ状況になったとしたら。
・・・やっぱり言えないんだろうなぁ。「間違えました」とは。

弟の家を掃除した勢いに乗じて、自分の家も
本格的な夏が来る前に大掃除しよう、と考えている私ですが、
この際、自分の中身からも余分なものをなくしてしまえたらいいのに、と
思います。きれいさっぱり、思いきって。
16 : 21 : 13 | ミルクだけ | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
ぼっくりさん
2007 / 05 / 10 ( Thu )
「焼けぼっくいに火がついた」というのを、
焼けぼっくりに火がついた」と言い間違えている人はよくいる。

ぼっくい、なんていうコトバをつかう人が少ないのだから
ぼっくい棒っ杭という発想が出来ないのも仕方ない、と思うのだけれど、
「松ぼっくりに火がついた」と言った人には失笑を禁じ得なかった。
ご本人は至って真面目、というか深刻に話しているので、
笑っちゃ悪いと思うし、訂正して話の腰を折るのも失礼なので、
にやけてくる口許を引き締めて「うん、うん」と話を聞く私。
しかし、話を聞きながらも、その人が焚き火に松ぼっくりを放り込み、
パンパン爆ぜるのに驚いて「うわちっ!」と飛び上がる様子が
頭に浮かんできてしまい、「考えちゃだめ!」とこらえているうちに、
訂正するチャンスを逸してしまう。
コノヒトはいずれどこかで、また誰かにこの話をするんだろうなぁ。
トクトクと話すその人の前で、笑いをこらえている誰かを想像すれば、
またおかしい。

真剣に言い間違えて、それを指摘することも憚られてしまう人。
そういう人のことを私は「ぼっくりさん」と呼ぶ。
「ぼっくりさん」の特徴は、真剣に言い間違えていることに加えて、
本人はちょっとうまいこと言った気になっているという点にある。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」とはよく言われるが、
知ったかぶりは恥ずかしいことだよ、と教えてくれたのはだった。
当時の私は、大人の会話に出てきた言葉や小説のなかの言い回しなど
覚えたての言葉を使ってみたがる傾向にあって、
会話のはしばしに織り交ぜてみては悦に入っていたのだけれど、
につかまると得意げな私の鼻はペシペシに折られた。
「今のは、どういう意味かな」
微笑みながら私の話を聞いていたが、ふっと真顔になるのがその合図で、
あちゃー、またやっちゃった、と私は心のなかで焦りだす。
「え?・・・えーと、どういう意味って?」
「どうして『えもいわれぬ』って言ったの?どういう意味かわかってる?」
「・・・すごい、ってことでしょう」
「どういう風にすごいの?」
「え・・・えー、も言えないくらいに?」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・(焦)え、あ、絵にも描けないくらいに?」
「わからない言葉を、使うのは良くないね」
「・・・なんとなくはわかってるんだけど、パパみたいに聞かれると」
「ちゃんと説明できないのは、わかってないということだよ」
「・・・はい」

しゅんとなる私を父が諭す。

「わからないことがあるのは、恥ずかしいことじゃないんだよ。
 わからないのに、わかったふりをすることが恥ずかしいんだ。
 今なら、おまえが間違った言葉を使えば、誰かが直してくれる。
 でもね、大人になるとそれを教えてくれる人はいなくなるよ。
 今のうちに、わからないことはどんどん聞きなさい」

「・・・はい。じゃあ、あの、パパ」
「うん?」
「エモイワレヌ、ってどういう意味?」
「自分で調べてみたの?」
「・・・え?」
「物を聞く時は、自分で調べて、それでもわからないから聞くのが礼儀だ」

えー。どんどん聞けって言ったじゃんよぅ。
ここまでコテンパンにやられると、さすがに頭にくる。

「調べるって、どうやって調べればいいのかわからないもん!」
「辞書をひきなさい」
「辞書なんかに載ってないかもしれないもん!」
「載ってないかどうか、調べてから言いなさい」
くっそう。この頑固親父め。
カチンカチンに頭にきて席をたち、本棚から辞書を引きずり出す私。
えもいわれぬ。えもいわれぬ。・・・くっそう、載っているじゃないか。
「なんて書いてあった?」
「・・・なんともいえないほど、よい」
「そうか」
「でも、これって、私が最初に言ったのと同じ意味じゃない?」
「うん。まあ、だいたい合ってたね」

・・・なんだよ、そりゃ!
合ってるなら合ってるって、言ってくれればいいのにさっ。
当てずっぽうで使ったことは間違いないので、黙って口をとがらせていると、
父はちょっと笑って、ポンポンと軽く私の頭を叩く。
時には(使った言葉によっては)もっとこっぴどく叱られることもあったけれど、
私はこんな風にして、言葉の扱い方を、言葉に対する作法をに教わった。
辞書をひく、という行為が日常的なものになったのも父のおかげだと思う。
それでも曖昧な言葉や思いこみで使っている言葉というのはまだまだあって、
この齢にして、あらら、と恥ずかしくなることは結構ある。

の葬儀の後、無宗教なので「精進落とし」とは言わないけれど、
親族と、葬儀のお手伝いをしてくれた友達と一緒に食事をした時のこと。
旦那さまのママと話し込んでいたが戻ってきたので、
「ママってサバサバしてて、話すと面白いでしょ?」と私が言うと、
「そうね。それに結構ケンタンカね」は答えた。
ケンタンカ。・・・探検家、とは違うよな。
聞いたことはあるけど、意味がわからないコトバだ。
「まあね」と流しかけて、の教えが頭に浮かぶ。
いけない。知らないままじゃ、だめだよね。
ケンタンカ、か。
・・・タンカ。啖呵を切る、のタンカ?・・・という連想で、
「ねえ、それって、毒舌っていう意味?」
に訊くと、呆れたように「違うわよぅ」と言われた。
「何でもよく食べる、っていうような意味よ。
ママあんなに痩せてるのに、きれいに食べてるなあ、と思って」

そう教えてくれた後で、はクスクス笑いだした。
「毒舌って。あなた、ママのことそんな風に思ってるの?」
いややややややや。

けんたん【健啖】?な  [「啖」は、食べる意]
何でも好き嫌いなく、たくさん食べる様子。「?家」

耳から入る語感のイメージで、勝手に意味を解釈しちゃいけません、
という見本のような例だけれど、これで勘違いしたまま使っていたら
私も「ぼっくりさん」だったわけで。
また、諺や格言などの意味の取り違え、というのもよくありがちだ。
「情けは人のためならず」「人のためにならない」という意味に
思っている人が結構多いというのはよく聞くけれど、
うちの旦那さま「敵に塩を送る」を、良くないことだと思っていたらしい。
「塩」=からいもの。
だから、敵に対して嫌がらせする、とか、ケンカを売る、とか
そういう意味に取ったわけで、これもイメージによる勘違い。

【敵に塩を送る】
1659年(永禄11年)1月11日、武田信玄と戦っていた上杉謙信は、
武田方の領民が今川氏によって塩を絶たれていることを知り、
越後の塩を送ったとされている。
「我は兵を以て戦ひを決せん。塩を以て敵を屈せしむる事をせじ」上杉謙信

「敵に砂糖を送る」の方がイメージ的にはいい感じだったのかもしれないけど、
お砂糖はあくまで嗜好品。塩は、なくては生きていけない必需品だからねえ。

そんなわけで。
次回は、私が耳にした「ぼっくり語録」をご紹介しましょう!
15 : 21 : 47 | お砂糖ひとつ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
6日目
2007 / 05 / 07 ( Mon )
先週の水曜日にわが家へやってきたかにさん
「3日くらいしか生きられない」と言われていたにも関わらず、ちくわを主食にご健在である。
ちょっと困るのは水替えで、海水なら塩水で代用できるかと思ったのだけれど
それじゃだめらしい。まあ、1.5?のが一匹だからそんなに水は汚れないし、
放っといても旦那さまは釣りに出掛けるので、水くみ要員になってもらうことにした。
入れてあげた巻き貝がお気に入りで、ほとんどヤドカリのようになっているが、
時々砂の上を歩き回り、私たちが覗くとササササ、と貝の中へ逃げ込む。
かにが人になつく、と聞いたこともないけれど、随分警戒心の強い生き物らしいので
私の手から直接エサを受け取ってくれることなどタブンないのだろう。
貝から半分だけ体をのぞかせている所にちくわのかけらを落とすと、
パッとハサミを出してつかまえる。その仕草がまたやけに可愛い

旦那さまもちょこちょこ覗いては「かにって結構面白いな」なんて言っているが、
やはり釣り人なので安心はできない。仲間を連れてきてねと頼んだのだけれど、
「かにが増えたら、水槽ごと持ってって釣り餌にする」
なんて物騒な事を言う。すると、それを聞いていた釣りの師匠・Takeちゃん
「かには増えると共食いするからダメだよ」
と教えてくれた。なんでも、かに脱皮して成長するのだけれど、
脱皮直後は体が柔らかいので仲間に食べられちゃうのだそうだ。
仲間の前ではおちおち脱皮もできない。かにさんの世界も大変だ。
あいつが脱いでる間に俺も脱ごう、なんて思っているのかもしれない。

かにA「あれ?ねえ、きみ、もうそろそろあの時期じゃないの?」
かにB「え?(狼狽して)い、いや、まだまだそんな。Aさん、遠慮せずどうぞ」
かにA「いやいやいや、Bさんこそお先に」
かにB「いやいやいや、はっはっは」

かにの腹のさぐりあい。
また、かにのお母さんは子ども達をこう諭す。

かに母「災害はいつ起こるかわからないわ。素早く着替えられるように
    準備をしておきなさい」

かに子「はーい。初めての脱皮はお母さんが手伝ってくれる?」
かに母「いいわよ。でも、もしうっかりして食べちゃったらごめんね」
かに子「お母さんったら、この前もうっかりしてお父さんを食べたでしょ。
    ねえ、そういえばお母さんの脱皮はいつ?」

かに母「もうそろそろかしらねぇ。どうしてそんなこと聞くの?」
かに子「私も一度うっかりしてみようかと思って」
かに母「まあ、おませさんね、この子ったら。おっほっほ」

怖いわぁ。脱皮に伴うスリルとサスペンス。
1人では寂しかろうと思ったうちのかにさんだけれど、
釣り餌にされる怖れだけではなく、共食いの可能性まであるのなら、
仲間を増やすのは考えものだ。
それに同じようなかにが何匹がいたら、名前をつけても見分ける自信がない。

そう。かにさん名前
名前をつけてすぐに死んじゃうとショックなので付けずにきたけれど、
もう6日目。動き回って元気だし、そろそろ大丈夫じゃないかなぁ、と思う。
そこで・・・実はもう考えてあったかにさんの名前を発表イタシマス。

パンパカパーン♪ 「命名・ウェンズデイ」

可愛い名前でしょ?
まあ、水曜日にやってきたから、というそれだけの理由なのですが。
ウエンズデイも、この前逆さまにひっくり返ってたトマトもすこやか。
まずまず、めでたい今日この頃です。
15 : 40 : 24 | お砂糖ひとつとミルク | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
かにさん
2007 / 05 / 05 ( Sat )
kanisan


わが家のダイニング・テーブルの上に、今一匹のかにさんが生息中。
ちなみに、名前はまだない。
なぜ名前がまだないのか、というと旦那さまがこう言ったからである。
「よく生きて、3日くらいじゃないの?」
名前をつけると愛着がわく。3日で死なれては切ないので名無しのまま。
どうしてこの子がうちに来たのか、といえば、
釣りの師匠に連れられ、釣り餌のフクロムシを捕りに行った旦那さまが、
ついでに獲ってきたアサリと一緒に連れてきたのである。
つまり、 「よく生きて3日くらいじゃないの?」と言ったご本人。
だったら連れてこなければいいのに、という話ではあるけれど、
「沢山いたら釣り餌にしようと思っていた」旦那さま談)らしいので、
まあ、少しの間にしろ命拾いはできた、ということになる。

アサリを洗おうとして、かにさんを発見した私は、
とりあえず砂と一緒にサラダボウルに入れてテーブルに置いてみた。
黒くて小さくて(全長1.5?程)なんの愛想もないかにさんだけれど、
観察しているとこれが結構楽しい。
何か食べるかなぁ、と竹輪を小さくちぎって落としてみると、
これまた小さいハサミを伸ばし、水中でぱっとキャッチする。うは。
可愛いじゃないか、きみ。

体のサイズからして、そう沢山は食べられないだろうと、
三つばかり竹輪のかけらをあげて、残りはおつまみにしてしまったので、
翌朝はパンのかけらを落としてみた。またもや、ぱっとキャッチ。
水に溶けだしたパンがもやもや広がりだすと、
一生懸命に両手(両ハサミ?)で抱え込もうとしている。うほ。
相当可愛いじゃないか、きみ。
困った。用心して名前を付けないでいたにも関わらず、愛着が。

竹輪をキャッチしたよ、パンを食べたよ、と
いちいちかにさん報告をする私に、
旦那さまは少し心配になったのか、クギをさす。
「でもサラダボウルの中じゃ絶対そんなに長くは生きられないからね」
「えー、なんで?」
「酸素がないでしょ」
「かににも酸素いるの?」
「そりゃいるよ!店へ持っていって金魚の水槽に入れとくか?」
「食べられちゃうよ!それよりも、前に使ってた小さい水槽持ってきて、
酸素のブクブク出るの入れたらいいんじゃないの?」

「だからぁ、かににそこまでしなくていいって?」
だったら連れてこなければいいのにぃ?、と私が口をとがらせると、
水面に顔を出せるよう、よじ登れるがあればいいかもしれないというので、
以前海で拾ってきた貝殻サラダボウルに入れてみた。
「こんなツルツルしてる貝じゃ、登るの無理なんじゃないか?」
とは言われたけれど、まあ、何もないよりは、ってことで。
気は心、というやつよ。

そして、かにさんを残して店へ出勤した私たちが、帰宅した今朝未明。
かにさんはどうやら貝殻の中に入り込んでいる様子で姿が見えない。
「暗い所の方が落ち着くんだよ、きっと」
と言いながら、廊下に出た旦那さま「なんだ、これっ!!」と声をあげた。
なんと廊下の隅の電話線とモデム線の間に、ほこりにまみれたかにさんが!
よじ登るのは無理か、と思われた貝殻の上から、
サラダボウルを乗り越えテーブルから落下し、脱走していたのである。
「いや?っ、助けて!早く水に入れてあげて!」
旦那さまがつまみ上げても、ピクリとも動かぬかにさん
サラダボウルの水に入れても、足を広げてプカリと浮いたまま。
「・・・ああ、やっぱりもうだめだなぁ」
旦那さまがつぶやいた次の瞬間、かにさんが足をばたつかせ水中へ潜った。
「うわ?、生きてる?!」
「おお、すごい生命力だなぁ」
サラダボウルを覗き込むと、かにさんはそそくさと貝殻の中へ入っていった。

kanisan2


かにさん引きこもり中。(巻き貝の中の黒っぽいのがかにさんです)

とりあえず大きめの貝殻はどけてみたけれど、
これで完全に脱走を防げたかどうかは疑問。
それに酸素の問題もあるので、やはり蓋付きの水槽しかないのか。
1.5?のかにさん一匹に水槽、というのもちょっと大げさだけどなぁ。
「一匹じゃなんだから、また釣りの餌捕りに行く時に仲間を連れてきてね」
旦那さまに頼んでおいたけれど、
考えてみれば数が多ければ釣り餌にされていたのがこの子の運命。
・・・・仲間が増えたら増えたで、危険なのかもしれない。
17 : 51 : 05 | お砂糖ひとつ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
救命病棟午前4時
2007 / 05 / 01 ( Tue )
お店で飼いはじめてもうすぐ3年になる金魚たち
スカーレットパールトマト、そしてでめたんの4匹は、
以前ここにも書いたように狭い水槽の中でぐんぐん巨大化し、
狭い中で身を寄せ合い餌を奪い合うストレスからか、
水槽に仲間入りしたおちびのハゼを頭から食べるという
殺生な行いのバチが当たったのか、
一度はみんな病気にかかるというピンチに見舞われました。
が、突如金魚への母性を揺り動かされた私が
大枚はたいて購入した60?・ライトと浄化槽付の
豪華版水槽にお引越しした後、健康を取り戻し、
再び巨大化の一途をたどっておりました。

巨大化したとはいえ、さすがは60?の水槽。
すいすいと泳ぎまわれる余裕は充分です。
聞いたところによると、魚って棲む場所によって
どこまででも大きくなれるんだそうな。
実際には寿命がきてしまうので、なかなか巨大化しないけど、
たまに長生きしたのが超巨大魚とかオバケ蛸やイカのように
発見される、と聞いたのですがホントですか?
まあ、その疑問はさておき、うちの金魚たちは悠々と
快適な生活を楽しんでいる様子・・・だったのですが。
実は一昨日の夜、大変な事件が。

一昨日は早い時間からお客様がみえて、
GWの始まりということもあり、席はずっと満席状態。
夜も更けて、最初はお客さんとして座っていたBOBくん
カウンターの中に入ってお手伝いしてくれ始めた頃、
私はどうもお客様越しに見える水槽の様子がおかしいな、と
思い始めました。
いつも開店時に餌をあげてからしばらくは
水槽の上部をうろうろしている金魚たちですが、
その後はわりと下の方にいたり、上下を泳ぎ回ったりします。
それが、なんだかみんなやけに上の方に集まっている。
おまけにいつもあっという間に奪い合って食べてしまう餌が
まだ水面に浮いているのも見えます。

あれ、食欲不振?あの子たちが、まさかな。
なんか変だな。どうしたのかな。

お仕事をしつつ、チラチラ水槽の様子を伺っていた私が、
「あっ、まずい、どうしよう」と小さく叫びつつ
カウンターを飛び出したのはその直後でした。

トマトが。
ころんと丸っこいボディにちなんで命名したトマトが、
逆さまになっている。やばい、これは絶対にやばい
一緒に飛んできてくれたBOBくんと水槽を覗き込むと、
浄化槽を通って流れて水槽に流れ込むはずの
酸素を含んだ水が排出孔から出てきていない。
「詰まってる!」
吸い上げポンプと排出孔のパイプを引っこ抜いて洗う私。
中に詰まっていた、どろどろに溶けた餌が流れ出ます。
その間にBOBくんはフィルターをバケツに取り出してくれました。

バタバタする私たちに刺激を受けたのか、
トマトは逆さま状態から立ち直って泳ぎ始めましたが、
しばらくするとまた力をなくし、逆さまになってしまいます。
「どうしよう、浮いてきちゃう。だめっぽい」
半べその私に助け舟を出してくれたのは、
a.m.five新メンバーのTakeちゃんでした。

実はTakeちゃん、結構な腕前を持つ“釣り師”
しょっちゅう大物を釣り上げているTakeちゃんを、
旦那さまは師とあがめ、一緒に釣りに行く計画をたてています。
つまりa.m.fiveのメンバーは私以外みんな釣り人
「午前五時」という意味のグループ名を、
「朝まずめ」にしようか、などと言うておる。
それってアカペラグループ名として、どうなの?


【釣り人豆知識】
「朝まずめ」とは夜が明ける頃から朝日が昇るまでの間。
「夕まずめ」とは夕焼けが始まる頃から陽が沈むまでの間。
 この時間帯はプランクトンの動きが活発になり、
 魚もそれに合わせて活発になって釣りやすくなる。

フムフム。なるほど、それでa.m.five「朝まずめ」か。
・・・い、イカンイカン、勝手に丸め込まれるところだった。
そんなわけで「朝まずめ」a.m.five新メンバー
Takeちゃんは、一昨日も鰻を釣りに行き、
クーラーボックスに酸素のブクブク出るポンプ(?)を付けて、
活き鰻を店に持ってきてくれていたのです。

「寿命かもしれないし、もう駄目かもしれないけど、
 あのクーラーボックスに入れといてみたら?」


逆さまになって浅く呼吸しているトマトも可哀想ですが、
真後ろの水槽にでかい金魚が浮いてるのに気づいたお客様も
どんなにかギョッと(洒落じゃない)するだろうと思われ、
そのありがたい言葉をBOBくん旦那さまに伝えて、
逆さまトマトと、おちびのでめたん
水槽から救出し、隔離させてもらうことに。
かくしてTakeちゃんクーラーボックスは、
金魚二匹のICUとなったのでした。

ブクブク、ブクブク酸素がいっぱいの救命病棟で、
でめたんは元気に泳ぎ始めましたが、
逆さまトマトはエラとひれをかすかに動かすだけ。
見ているだけでせつなく、すまない気持ちで一杯になります。
こんな状態になるってことは、たぶんすでに前日の時点で、
パイプは詰まりかけていたのでしょう。
水がだいぶ黄色くなってきていたので、
旦那さまと前夜(というか朝)、店じまいの時に、

「そろそろお水替えなきゃね」
「今日は遅くなったし、明日早い時間に替えようぜ」

などと話していた、その矢先でした。
物言わぬ存在だけにこちらがもっと注意しなければいけなかった。
なんとなく体の赤みも薄くなってきているような
トマトが不憫で、「ほら、カウンターに戻れ」
叱られつつもグズグズしてしまう私。
結局その日も朝4時くらいまで営業し、その間何度か
トマトは逆さまになったり、元に戻ったりを繰り返していました。

店じまいをし、やりきれない想いを残しつつ
「トマト、がんばれ、がんばれ」と声をかけて帰宅。

「あの様子じゃ、もう無理かなあ」
「・・・・かもなぁ」
「明日までもたないかなあ」
「・・・・うん」

二人の会話も沈みがち。
どっちにしてもショックは受けてしまうのだけれど、
それを乗り越えるためにも覚悟は必要です。

「作らなきゃいけないかも。・・・お墓」

そして昨日。私は覚悟を胸に家を出ました。
手には園芸用のスコップ
可哀想なことをしてしまったトマトのために
せめて立派なお墓を作ろうと心に決めた墓堀り人夫Annie
それでも頭の中には、水面にプカリと浮いたトマト
しんどい映像が浮かび、気持ちが重くなります。

店の裏口の鍵を開け、はあ、と大きなため息をついて
ゆっくりとドアノブを回す。
静まり返った店の中、厨房の片隅でブクブクブクブク、
昨日と同じように酸素の噴出する音をたてている
Takeちゃんのクーラーボックス。
おそるおそる、一歩近づく。・・・姿が見えない。
おそるおそる、また一歩。・・・・まだ、見えない。

と、次の瞬間、私の目に飛び込んできたのは、
クーラーボックスの隅から、でめたんとともに
スイ?ッと泳ぎ出てきたトマトの姿でした。

「うそ!!!!!!!!」

飛びつくようにクーラーボックスを覗き込む私。
生きてる。泳いでる。ひらひら軽やかに動くトマトのひれ。

「すごい・・・すごいよ。良かったぁ、トマト」

涙ちょちょ切れのまま、ふと見れば
私の手には縁起でもないスコップ
そそくさとそれをしまうと、携帯電話で
ご心配をおかけした各位に報告とお礼のメール。
そして、元気になったトマト

「待ってなさい!お母さん、行ってくるから!」

と声をかけ、飛び出す私の目指す所はペットショップ。
もうあんな事故を起こさぬよう、パイプの詰まりを防ぐ
効果的な方法を聞きに行くのです。

かくして。
炭を使ったフィルターやら、
水の汚れを食べるプランクトンを培養する石やらを
買い込み、またまた散財する私。
いいの。いいのよ。
魚屋さんで「食べちゃダメ!」と書かれた袋に入れられ、
四匹まとめて2百いくらで売られていた金魚だろうと、
高価な熱帯魚だろうと、注ぐ愛情に差なんてないのだわ!
21 : 43 : 26 | ミルクだけ | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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