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1年がたちました
2008 / 02 / 19 ( Tue )
年を重ねるごとに、時間のたち方は早く感じられるようになるものだという。
クリスマスとかお正月とか、お店の何周年とか、天狗連の小市民寄席とか、
毎年巡ってくるもののことは、そう感じるのだけれど、
この1年を、私は「早かったな」とは思えない。
長かった、と思う。長くて、苦しい1年だったな、と思う。

父を思って泣かない日はなかった。嘘みたいだけど、1日もなかった。

最初の頃は、寂しそうな笑顔や、「会いに来てよ」とかかってくる電話の声を
思い出しては哀しくて泣いた。後悔やせつなさやいろんな感情が押し寄せてきた。
今までにも辛かったこと、哀しかったことはいろいろあったけれど、
細胞のひとつひとつが悲鳴を上げるような、痛くて苦しい哀しさを
私はそれまで知らなかった。哀しいって、こんなに痛いことだったんだ、と思った。
そしてそれは、誰とも分かちあえない、誰にも引き取ってもらえない感情だった。

たぶんそれまで、自分で制御しきれない感情を受けとめてくれていたのは父だったから。

何も言わなくても、父には全部わかってしまうようなところがあって、
絶妙なタイミングで「近くにいるからあったかいコーヒー飲みにきませんか」なんて
電話をかけてくる。父の身の回りの出来事や、最近読んだ本の話を
ポツポツしているだけなのに、いつのまにか私のなかのごちゃごちゃした感情は
穏やかに整理されていく。
そんな風に話した後は、必ず「本屋さんにつきあって」「ここまで送ってって」
都合のいい足に使われたものだけれど。

そんな私だから、父の不在に泣いたことも時々あった。
もういない、もう会えない、と実感するたびに絶望的な気持ちになった。
これは厳しいぞ、という場面ではどこかで父に助けを求めていた。
以前、母が辛い状況に直面した時、「おかあさ?ん」と亡くなった祖母を呼んで
泣いたことがあったのを、ははぁ、これだったんだな、と私も泣きながら思い出す。
圧倒的な不在。寄る辺ない、気持ち。

車を走らせている時、街を歩いている時、電車の中や店先や、
テレビを見たり本を読んだりしている時も、ポロポロっと涙がこぼれることがある。
恥ずかしいし、こんなことで泣くなんてどうかしちゃったんだわ、と焦ったりもしたけれど、
今はもう、これは生理現象だ、出てくるものは出すしかない、と開き直って
がまんはしないことにした。涙はちゃんと自分で拭く。

日曜日の「父を偲ぶ会」に、友達から素敵な花束が届いた。
「親父さま
大切な人をいつも見守ってくれることに感謝をこめて」

とメッセージが添えてあって、鼻の奥が、つぅんとした。
大切な友達からの、大切な、大切な気持ち。

みんなのグラスにワインを注いで乾杯する時は、いやがる母に代わって挨拶をした。
「1年前のことを思い出すと」と言っただけで、声が震えてしまったけど泣かなかった。
でもピックのマスターがギターを弾いて、父の好きだった歌を次々に歌ってくれた時は、
どんどん、どんどん涙が出てきて、カウンターに入っていた弟の背中に隠れて
いっぱい泣いた。弟のTシャツがしみだらけになって、隣にいた下の弟は
「泣き虫?」と笑いながら、私の頭をくしゃくしゃにした。
弟の背中から顔を出すと、みんなが笑っていて、マスターが「いい涙だね」と言った。

「太一っちゃんのことをずっと愛してください」って、握手して回っていたオガサワラさん。
父の好きだった焼酎を差し入れしてくれて、
「あなたの泣き虫はずーっと変わらないねぇ。がんばった、がんばった」って、
抱きしめてくれたやっさんに、私と一緒になって泣いちゃったキヨちゃん。
すごいご馳走を持ってきてくれて、最初から最後までいてくれたイイダさんに、ばっちゃん。
寂しい寂しいって言いながら、父といた頃と同じようにずっと酔っ払ってたクワヤマさん。
お手伝いしてくれたボブに、ゆりりんに、ヒロキくん。
コニーやまあちゃんや、ユウキも後から駆けつけてくれて、ビリーとあゆちゃんも来てくれて。
みんなの気持ちが嬉しかった。みんなの気持ちに包まれてるんだな、って。

夜、東京の弟と話したら、
「俺もね、この1年いろいろ考えたんだ。あんまり先は長くないんだな、って。
できるかできないかはわからないけど、自分にとって一番大切なことをやっていかなきゃ」

と、彼の夢を教えてくれた。ひとつだけ、どうしてもやり遂げたい、というその夢を
あなたがかなえられたら、私もすごく嬉しいよ、と言うと
「自分をちゃんと生きてね。これからの一生かけて、やりたいと思うことをきっとしてね」
と、真顔で言われた。
いろんなことをやり残してしまった父だけれど、父の生き方、夢に対する強い想いは
かたちを変えて、こんな風に受け継がれていく。

今日で1年がたちました。私は、きっと大丈夫です。
きっと、だんだん、大丈夫です。
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頑ななものを溶かすのはやはり時間なのかもしれない
2008 / 02 / 15 ( Fri )
昨日は寒かったけれども、とても良いお天気で、の青さが眩しかった。
車を走らせながら、この季節の、このを、
はどんな想いでみつめていたのだろう、と思った。

苦しくて、心細くて、不安だったろう。
何より無念だったろう、と思う。
でも、無念、と認めてしまうには、諦めきれない想いが強すぎて、
痩せ細った身体を起こし、病室の窓からを見上げていた。
最後までが口に出して認めなかった死は、数日後に迫っていた。


夜、久しぶりに実家へを訪ねた。
淹れてもらったコーヒーを飲みながら、あれこれ話していると、
「こんな特集が載ってたのよ」が雑誌を取り出した。
それは、著名な人々の最後の日々や、遺した言葉などを、
身近な人々が語ったり書いたりしたものの特集だった。
城田三郎さん、岸田今日子さん・・・と、私がページをめくっていると、
「お父さんは、こういうことは何も言わないで逝っちゃったね」
と、がつぶやいた。
「だって、お父さんは最後まで諦められなかったんだもの。本当は怖かったよね。
夜中に病室へ行くと、暗い中でポツンとベッドに腰掛けてた」

の姿を思い出しながら私が言うと、
「お父さんは、辛い思いをしたね」が言った。
「病気になってから二年間。それまで好き放題にやってきたけど、
やり残したことが多すぎて、身体も苦しかったけど、心はもっと苦しかった」


私は思わず目を上げてをみつめた。
の口から、こういう言葉が出てくること。
それはとても自然なようでいて、でも、けしてそうではなかったから。

が病に倒れた時、二人は別々に暮らしていた。
病院に付き添った私が、容態の悪さやお医者さんから聞かされた言葉で
不安にかられて連絡を取った時も、「あなたに任せるわ」と意地を張った。
繰り返された入院生活でも、感情の起伏が激しいに手を焼き、
しょっちゅう喧嘩をしていたの苦労は、父の死後も続いた。
“やり残したこと”の後片付けや、知らされてなかった借金の返済、
そして我が家の「魂萌え!」事件みたいなことに次々と直面して、
の心はますます頑なになっていった。

「お父さんなんて、自分は好きなことばかりして、勝手な暮らしをして。
それで勝手に身体壊して、なんにも後始末しないで逝っちゃって」

「一番ひどい目にあって、可哀想なのは私」と言いたげなの口ぶりや
毎度毎度のヒステリーには、私もも疲れ果ててしまい、
の前ではの話題を避けたい、と感じるようになっていた。
実際、一番苦労したのは母だし、本当に悔しく、大変な想いをしてきたのだけれど。

年が明けた頃、「一周忌はどうするの?」と訊いた時には、
「無宗教なんだし、特に法事のようなことは考えていない」は言った。
自分の年金とコツコツ新聞配達で貯めたお金の中から、
年末にユニセフと、どこかもう一つ、貧しい国の子供たちに
学校を建てるための基金へ寄付をしたのだそうで、
「誰かの役にたつことにお金を使うわ。それが私なりの供養かな」
とサバサバした口調で言っていた。最後には、
「お父さんのために使った大金は、結局なんの役にもたたなかったから」
という皮肉もおまけにつけて。
言わずにいられないのだろうけれど、そういうひと言に娘はため息をついてしまう。

そのが、「お父さんは、辛い想いをしたね」と言っている。
それだけの時間が経ったんだな、と思った。
一年という時間が必要だったのだ。の頑なな気持ちが溶けるまでには。

明後日の日曜日。
本当に身近な人と、一緒にを送ってくれた人、を懐かしんでくれる人が集まって
うちのお店で「偲ぶ会」を開く。偲ぶ会、というより父を肴に飲む会だ。
の親友も来てくれる。東京からも帰ってくる。
お通夜の席を寂しくないように盛り上げてくれたメンバーも。
ピックのマスターはきっとギターを弾いてくれて、の好きだった歌もみんなで歌うだろう。
のために「ハッピーバースデイ」も歌わなくちゃ、なんて思いながら、
私はチリワインを沢山仕入れて、好物だったあられも買ってこようかと色々準備に忙しい。
みんなでいろんな話をしよう。の好きだったこと。が腹を立てたこと。
の語った夢。酔っ払ったのごきげんな様子。酔いつぶれて寝ちゃった後の大失敗。
いつも私を隣に座らせて、歌詞を読ませながら歌った歌。
甘味処でお抹茶を飲むと、帰りには美味しそうな和菓子をいくつか包んでもらって、
誰かのお土産にしていた。そんな風にちょっとしたことで人を喜ばせるのが好きだった。

のいろんな話をしながら、みんなで楽しく過ごせたらいいな。
狭いお店ですが、来てくれるという方はぜひどうぞ。
一緒にワインで乾杯しましょう。
16 : 40 : 58 | お砂糖ひとつとミルク | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
“愛され系”の理由
2008 / 02 / 12 ( Tue )
「愛される理由」という本があった。作者は二谷友里恵さん。
郷・イエス高洲クリニック・ひろみの元・元奥さん、というより
今はユリエニタニってブランドの方がネームバリューなのかしら。
ブランド物にも、奥様系雑誌にも疎い私なので、この方が今どうしているのか、
お幸せなのか、今も「愛されて」いらっしゃるのか、とんとわからないのですけれども。

もうずいぶん前に出た本です。
ニタニさんが24歳の頃に書かれた本、なので
当時はイエス高洲クリニック夫人だったんだよね。その頃は「ジャパ?ン」夫人か。
読んでないので、どんなことが書かれているのかは知らないんだけど、
たしかそのタイトルを耳にした時も、失礼ながら「けっ」と思った記憶がある。
愛される理由、って。
ずいぶん自信たっぷりなんだなぁ、とか、たぶん感じてしまったのでしょうね。
愛されている、という確信が大前提にないと、愛される理由は語れない。
でもさでもさ、なんでそんな確信が持てるの?と、私なんかは引っかかってしまうわけ。
愛されているってことに。「愛される」って受動態に対して。
言葉で言ってもらっても、態度で示してもらっても、
そこに100%の自信なんか持てない。だって相手の心の中にあるものだから。
今、この瞬間にだって失われてしまう可能性はあるんだから。

自分のなかにある想いにさえ、確信が持てなくなる時がある。
愛だったものが、消えてはしまわないまでも薄れていったり、かたちを変えていくことは
それこそ確信を持って「ある」と言える。
そんなの嫌だって思うし、悲しいなぁと思うけど、実際にはそうなのだし、
信じたいと思うことと、自信を持つのはまた別のことじゃないのかな、と思う。
そういう意味において、「愛は勝つ」という歌にも「けっ」と思いましたね。
♪信じることさ 必ず最後に愛は勝つ?
んなわけないじゃん。そんなこと言ったら世界中の片思いが実っちゃうじゃん。
世界中のストーカーがこの歌を口ずさんでたらすごく怖くないですか。

なんだかものすごくイチャモンつけたがりの偏屈者のようですが、
まあ、ナニが「勝ち」なのかもよくわからないし、
本のタイトルだってね、引っかかりを感じるくらいの方が売れるのかもしれない。
大体、本の内容も知らずにこうまでブツブツ言わなくてもいいか、とも思うのだけれど、
愛に関して言うなら、確信が持てないからこそ、時々ちゃんと確かめてみる、
なくしてしまう不安があるからこそ、大切に扱う、ってこともあるんじゃないですかね。
逆説的な考えではありますが。

さて。
そんなことをつらつら述べてみた後で、つっこんでみたい。
最近、やたらに目に付くんですよぅ。“愛され系”ってコトバ。
私は結構ネットでお買い物をする方で、オークションなんかも頻繁に覗きます。
するってぇと、もう出てくる出てくる。
愛されワンピ、だの、愛されメイクだの、愛されバッグだの・・・“愛され系”オンパレード。
それって一体どんな分類?と、どんな基準?と、つっこみたくなります。
よくわからないのですけどね、まず誰にとって愛されるモノなのか。
買う人に?それとも、買った人や身につけた人が、誰かに愛されるってこと?
それこそ、どこにそんな確信があるんじゃい!と思いますね。
本当だろうなぁ?、このワンピース着たらゼッタイに愛されるんだろうなぁ?、と
意地悪くPC画面に向かって凄んでみせる私。

「可愛い」とか「キレイ」とか「美しい」とかは、まあ、売る人側の主観だしね、
買う人がそう思うかどうかは別として、いいんじゃないの、と許せる。
エロ可愛い、キモ可愛い、なんて言葉も流行りましたが、そんな感じで
「姉カワ系」とか、「オトナ可愛い」とかいう言葉も羅列されております。
オバ可愛い、ってのは今のところ見たことないけど、それも、まあいい。
でも、愛され系、ってのはなぁ。
ちょっと系列が違うぞ、と思うわけですね。
わっかんないじゃん、そんなの?!と、どうしても感じてしまいます。
でも、これだけ「愛され系」という言葉がもてはやされているということは、
やはりこの言葉に惹かれる人が多いということなんでしょう。

と、するならば。つっこむ方向としては、こっちですね。
「そこまで愛されたいか」、と。
いや、本音を言ってしまえば、私だって愛されたいよ。うん、正直な話。
わざわざ憎まれキャラを買って出ようとは思わないしな。
でもね、この勢いで愛されたい人が増加するとバランスが悪いんじゃないか、と
心配になりますね。人口比率的に。
そんなわけで「愛する系」キャラの登場を強く望む私なのであります。

愛されワンピに身を包み、愛されメイクを施した自分を鏡に映して、
愛されキャラな自分に陶酔する。それって究極の自己愛かもね。
それにしても今日は「愛」っていう字を一体いくつ書いたんだろう。
15 : 22 : 51 | ミルクだけ | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
頑固は美徳か その?
2008 / 02 / 08 ( Fri )
頑固者、と言われること。
私自身についていえば、それはあまり喜ばしくない、というか、
なるべくならそう呼ばれたくないなぁ、と思っている。
だって一応オンナですしね。頑固な女、ってあまりいいカンジじゃないもの。
この年になって、フリーで仕事もしているのだから、
いつもフワフワ、ふにゃふにゃしてるというわけにはいかないけれど、
ちゃんと芯を持っていながら柔らかい、しなやかな女の人に憧れる。

でも、やっぱり時には「頑固だね?」と呆れられてしまうこともあるわけで、
そしてそれはほぼ「不器用だね?」という評価に重なっている場合が多い。
当たり障りなく“うまく流す”ということが、どうにも出来ないことがあるのだ。
ひとつは、私なりの正義感に関わること。もうひとつは、プライドに関わること。
プライドの方については、そんなことで傷ついたりカチンときたりするなんて
私もまだまだ小さいな?と後から反省するし、
やっぱりそういうのは自信のなさの表れだよな、と思えるのだけれども、
自分なりの正義感、というやつは「ここは譲れませんよ」というラインが自分の中に
引かれてしまっていて、その許容範囲がなかなか広がらない。

人はそれぞれ良いところも悪いところも持ち合わせているのだから、
こういうところは本当に困るけれども、こういう美徳や愛すべき部分も認めた上で、
プラマイゼロってことにしましょう、と考えられたらいいのかもしれない。
が、「あっ、今ライン越えちまったね」という瞬間に、
私の中の審判がピピピーッ!っと笛を吹き鳴らす。
本能レベルで臨戦態勢に突入、の合図。
もともと好戦的な人間ではないし、たいした攻撃力も持っていないにも関わらず、
細胞のひとつひとつが「おいっ!」「なんだと、こらぁ」「冗談じゃないぜっ!」
怒りに震え、私はなけなしの攻撃力をふり絞って声をあげる。

「お若いの、ちょいとお待ちなせぇ」

・・・ま、テキがいつも若いとは限らないけど、気分的に。

細胞、と書いたけれど、こういう「どうしても譲れないライン」みたいなものって、
DNAに支配されてるのかな、とも思う。つまり、親ゆずり
たぶん育った環境のなかで刷り込まれたり、構築されていくものなんでしょう。
うちの両親でいえば、はほぼ感情で怒る人だけれど、は理屈で怒る人でした。
家のなかでは、それが「へ理屈」になったりする場合も多かったけれど、
一度飲み屋さんでが激しい怒りをバクハツさせた時に居合わせたら、
それはもうすごい攻撃力というか破壊力を持った言葉の集中砲火で、
よくもまあ、これだけ怒りながら理論展開できるなぁ、とびっくりしました。

その時は、冗談まじりで差別的な発言をしたお客さんに対して怒ったんだけど、
「君はその国の歴史をどこまで理解して言っているのかね?」
「日本という国が、そこにどう関わってきたと思うのかね?」

と矢継ぎ早に質問を繰り出し、向こうが
「細かいことまではよく知らないけど・・・」と言葉を濁したら、
「よく知りもせず、勉強もしないでそんなことを言うなんて失礼極まりない!
 不愉快だ。今すぐ立ち去りなさい!」

って、ビシッとドアを指差して仁王立ち。なぜか、怒るときれいな標準語
ひょえ?、お父ちゃま、かっこいいけど血管切れそう・・・と感心しつつもハラハラして
見守っていた私でしたが、今思えば「譲れないライン」「許せない言葉」
受け継いでるのに、あの攻撃力はなんで備わらなかったのかなぁ。

まあ、怒りを爆発させるかどうかはともかくとして、
この「譲れないライン」だけは、守っていきたいと思います。
私はもちろん、だってけして聖人君主などではなく、世間一般の常識や道徳観から
ずれている部分もある、というのは承知の上で、たとえ頑固と言われようとも。
人を辱める行為や言葉、思いやりという想像力の欠如に対して、
私は今後もなけなしの攻撃力をもってタタカイを挑むのだ!
怒る以外の方法があれば一番いいんだけどね。

さてさて。
私の中には怒るほどではないにしろ、「譲れないなぁ」と、
ちと頑固になってしまう言葉の基準というものも、やはりあります。
主に、最近の流行り言葉において、ですが。
ゼッタイに若いモンには迎合しないぞ、と構えているわけではありません。
時代によって変わっていく言葉もあるし、
いつかそれが浸透して一般的に使われるようになった例もたくさんある。
でも、感性の問題として、美しくないと思ったり、
つかいたくないと感じてしまう言葉があって、
おかしな言葉の遣い方を耳にすると、言わんとしている内容は理解できても、
まず「そんな言い方はないよ」とか「それを言うなら○○○○」とか
つっこみたくなってしまうのは、やっぱり言葉を扱う仕事をしているせいでしょうか。
映画やテレビを見ていても、ついそういう言葉に引っかかりを感じてしまい、
たとえそれが内容に感動して、涙を流している最中でもつっこみを入れてしまう。
「気分が冷めちゃうから、思っても口に出すなよ。現実に引き戻されるじゃんか」
と、よく怒られるので、気にしてはいるんですが。

そういう言葉のなかで、最近激しくつっこみを入れたくなったのが「愛され系」
という話を今日は書こうと思っていた・・・のですが、
ごめん、前置きが長くなりすぎて時間切れ
「愛され系」に関するつっこみ展開は次回、本気で!
18 : 20 : 29 | ミルクだけ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
頑固は美徳か その?
2008 / 02 / 05 ( Tue )
今回のテーマを決めてから、ブログ更新しないで週が変わってしまった。
怒涛デイズの真っ只中です、と宣言してあるので、そこは
「例のナニがアレなんだね」と、わかったようなワカランようなご理解を示して頂ければ
こちらとしてもアレなんですけれども・・・って、わかりにくいよ!
お仕事関係の真面目な文章をずーっと書いていたので、ここではちょっと脱線モード。
私だって、ど?でもいいことを書きたかったのだ!
ど?でもいいこと、って読んで下さってる方には失礼千万だけれども!
お金にならず、誰の役にもたたないけれども、そのぶん無責任でいられる文章を
思いつくままに書くってシアワセ
思いつくままに書いて、お金になって誰かの役にたつなら、もっとシアワセかもしれないが、
そんな美味しい話が転がっているわけもなく、大体売れっ子ライターでもないから
仕事のギャラだってたいしたことはない(悲観)。
でもこれだけ忙しいんだから、塵も積もれば山になる、かも。(格言
忙しいのは売れっ子ライターだが、安くて忙しいのは便利なライターである。(名言

一昨日、徹夜して朝イチ〆切
昨日はちょっとお昼寝して、またほぼ徹夜で朝イチ〆切
肩のコリは、やや改善したのか、それとも凝り固まりすぎたのか、前ほど感じないけれど、
昨日から左目のまぶたがピクピクと痙攣し始めた。
座りっぱなしで足はむくむし、お肌も悲鳴をあげているわよ。
少し寝なければ、と思ったのだけれど、朝イチで原稿が届いてない場合、
すぐさま送られてくるだろう「まだですか!」メールに怯えながら仕事をしたせいで
まだ目が冴えてしまっている。こんな時こそ、ブログを書くチャンス♪ポジティブ
この前スケジュールを組んでみたら、どう考えたって3月いっぱいまで
こんな日々が続くのだ。先のことを考えると、それだけでぶっ倒れそうなので、
とりあえず目先のキーボードにすがりつく私。4月になったら、休める、ノダロウカ

♪April come she will?
そんなわけで、サイモン&ガーファンクル「四月になると彼女は」をBGMに、
お送りする、今日のテーマは“頑固は美徳か”

ガンコ親父、などという言葉に代表されるように、
以前は「頑固」と言われることは、けしてほめ言葉ではなかったと思う。
漢字で書いても片仮名で書いても、ガチガチに硬そうなイメージだ。
なんたって「頑なに固い」んだよ。カタクナにカタクなってカタカナでカクナ。カカカ。
クラクラにクラクなってサクランするクララ。ククク。谷川俊太郎もどき。

それが“良い意味で”使われだしたのは、いつの頃からだろうか。
頑固一徹、という言葉の雰囲気が、
「その道ひと筋に貫き通す職人」的なイメージに重なるためか、
やたらに頑固、頑固と謳う傾向は、特に飲食関係によく見られる。
車を走らせていても、そういう看板が目に入る。「ガンコ親父の店!」とかね。
確かに、代々受け継いだ技や、試作を繰り返した末にたどり着いた究極の味を
頑なに守る姿、というのはかっこいい。
少なくとも「ユルイ親父の店」よりは、ちょっと美味しいものが出てきそうだ。
ユルイ親父が作るゆるゆるラーメン、とかも話のネタに食べてみたい気もするが。

でも、たいして守るべきものもないのに、頑固だけを売りにするのはただの迷惑だ。
大体、「融通の利かない頑固者なんで」ってセリフは、
頭でも掻きながらすまなそうに言うからいいんであって、
「おらぁガンコだ!」ってふんぞり返って言うもんじゃないと思う。
自信のないことや、遠からず当たっていることを指摘されると、カッとなる人というのは
よくいるけれど、それでは怒りん坊なだけだし、
人の言うことなんざ聞く耳持たないよ、とソッポをむくだけならただのへそ曲がり
いつか、それさえも売りにしちゃう時代が来るのかしら。
「珈琲専門店 怒りん坊」は、むちゃくちゃ熱くて苦いコーヒーを出しそう。
「へそ曲がり寿司」・・・ってのはなぁ、生ものだけにちょっと勇気がいるかも。
頑固、を看板に掲げている人は、マイナスイメージを売りにしているつもりはないわけで、
だけれども、そう言うからには、やっぱりそれなりの背景がなくっちゃ絵にならない。
守るべきものがあり、守るべき術を知っている人は、
頑固といいつつもどこかに余裕があるんじゃないかな、と私は思う。

“頑固なるもの”がテーマなだけに、ちょっと話がカタくなってきたような。
実はこんなことを考え始めたのも、先日ある看板を目にしたのがきっかけだ。
フランチャイズのファミリーレストランが掲げていた
「がんこハンバーグ」
という看板を目にした私は、ガチガチに固い岩のようなハンバーグを思い浮かべ、
思わず「いいのか、それ??」とつぶやいていた。
職業柄いうわけではないけれど、言葉の持つイメージって大切だ。
「こだわり=頑固」という意味のネーミングだとしたら短絡的に過ぎる。
だって、いやでしょ?「頑固プリン」「頑固カシミア」「頑固柔軟剤」って、どっちやねん!
まあ、こんな風に言葉の揚げ足、というか看板の揚げ足(?)をとる私、ってのも、
頑固というよりは、きっとへそ曲がりの部類なのでしょうね。

そんな私が、これまたツッコミたくて仕方ないのが、最近流行りの
「愛され系」という言葉なのだけれど、
左まぶたがピクピク、ピクピクと激しくSOSを発信しているので、
この続きはまた自戒、じゃない、次回にて。

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