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Vintage
2007 / 04 / 19 ( Thu )
友達の誕生日プレゼントを選ぶ、というのは
なかなか心楽しいものだと思います。

その人のことを思い浮かべながら、あれこれと迷う。
どんなものが好きなのか。
どんなことを喜んでくれるのか。
美味しいもの。お洒落なもの。
実用的なもの。遊び心のあるもの。
ひとつひとつ手にとっては、贈り物を渡すその瞬間を想像します。

アクセサリーや洋服などをプレゼントした男子が、
「これを買ってくれるくらいなら、あっちの方が良かったのに」
ナドと女子にぶつくさ言われる、という構図はありがちで、
合理的に考えるならば前もって希望を聞いておくとか、
一緒に買いに行くという方法が無難ではありますが、
やはり私はプレゼントという行為にロマンを求めたい。

たとえばクリスマスの前になると、親はあの手この手を使って
子どもの欲しがっている物を聞き出そうとするし、
子どもはあくまで無邪気さを装いながらも細心の注意を払って、
親がヘンテコなおもちゃなんかを買わないように
自分の希望を伝えようとします。
サンタクロースという架空の存在の媒介によって成立する聖なる駆け引き。
(今また妖精が一人死にかけたかもしれない。
 あ、サンタクロースは妖精じゃないよね?)
プレゼントというロマンティックな儀式によって
リアルな欲望を満たそうとするなら、
それなりの努力は必要なのです。

あくまでロマンチストだった子どもの頃の私は、
みんなが持っていたリカちゃん人形が欲しかったのに
それではあまりにも赤裸々だわ、と遠慮して
「着せ替え人形が欲しいの」に言ってみたところ、
リカちゃんとは似ても似つかないモデル体型の、
やたらに長い手足と、どこかオリエンタルな切れ長の目を持つ、
「欧米か!」とツッコミたくなるような“タミーちゃん”
おもちゃのエンゼルの包みから出てきて泣きそうになりました。

体に比べて頭が大きく、目が異常に目立つリカちゃんよりも
にとってはタミーちゃんの方が
抜群にいい女に見えたのかもしれません。
いや、もしかしたら、みんなと同じものを欲しがるという
娘の愚かな願いを阻止しようとしたのでしょうか。
群れるな。常に疑問を持て。異端を恐れるな!

もともと「みんなが持ってるから」などと言おうものなら、
「みんなとは、誰と誰のことだい?」
「みんなが持ってると、お前も持ってなきゃいけないのか?」

とコトゴトク質問攻めに合うのが常だったし、
買ってもらうためにはそれがどんなに素晴らしくて、
どれほど私に必要なのかを説明しなくてはならないのだけれど、
説得を試みているうちにその物の価値観があやふやになり、
それほどまでに欲しいものだったかということも
疑問に思えてきてしまい、
それでも、どうしても、と意地になって買ってもらった物は
手にしたのもつかの間、の冷ややかな視線の前で輝きを失うのでした。

友達の家に遊びに行き、ついでにお買い物につきあって、
「おそろいにしなさいね」
キャラクター付きの筆箱を買ってもらった時などは、
そういうものに縁のなかった私としては
飛び上がるほど嬉しかったのだけれど、
に見つかった瞬間、友達の家へ連れて行かれ、
「うちの方針ですから」と冷たく言い放って
筆箱を返すの横でいたたまれない思いをしました。
おばさんに悪い、とべそをかく私に、
「返すことが悪いんじゃない。
 買ってもらったことが悪いんだ」

は言い、この事件に思いっきり懲りた私は、
ただただ実用的な筆箱を黙ってずっと使い続けたのでした。
象が踏んでも壊れない、という宣伝文句通り
その筆箱は古びても全然壊れてくれなかったし、
象に踏ませるチャンスもなかったからです。

物を選ぶことの基準のようなものを
は私に教えようとしていたのだ、と今は思うし、
「うん、それはいいね」のセンスにかなうものを
自分で選び取った時にはなぜか誇らしい気持ちになりました。
実際、は贈り物を選ぶのがとても上手だったし、
その贈り方も粋だったと思います。
とはいえ私に「物選び」の極意が備わったか、
というと、はなはだ疑問で、
幼い頃の反動によるリカちゃん的なものへの憧れと、
「父基準」の間で揺れ動いては、
時々突拍子もない買い物をしてしまうのですが。


リカコン&ファザコン。閑話休題。


友達へのプレゼント選びが楽しいのは、
お互いに負担にならない程度のもので、
だからといって適当に簡単に選ぶわけにはいかないところにあります。
「自分が貰って嬉しいもの」という基準はもちろんあるけれど、
あくまで相手は“自分”ではないので、そこが結構悩むところ。
私はプレゼント選びのもう一つの基準を、
「自分ではなかなか買えないもの」にしています。

たとえば「色」なら、
その人が自分で買うとしたら無難に黒だよな、
というところをあえて他の色を選ぶ。
もちろん、その人に似合いそうな色や
コーディネイトにはまりそうな色を選ぶのですが。
ほかにも、わざわざ持っていないようなもの、
たとえばチーズボードカッターとか、
茶漉しやティーバッグをちょっと載せておく受け皿とか、
自分ならまな板と包丁、その辺の小皿で代用してしまう物を
頂いたときは、なんだか優雅な気持ちになって嬉しかった。
そういう日常のちょっとした贅沢、とまではいかない品々は
キッチン用品文房具屋さんに結構多くて、
見て回っているだけで楽しくなります。

そして、まず自分ではなかなか買わない物の代表は
やっぱり「消え物」ですね。
食べる物や飲み物、花なんかもそう。
残るのは思い出だけっていうとこが贅沢です。

先日、お客様であり、とてもお世話になった方でもある
Iさんのお誕生日にどうしてもプレゼントしたくて
探し回ったのは、Iさんの生まれ年ワイン。1957年物
誕生日も迫ってきて、もう無理かな、みつからないかな、と
諦めかけた頃、やっとみつけたクロワゼ・バージュ
「♪Happy Birthday」の歌とともに手渡すと、
Iさんは照れくさそうに、でもとても嬉しそうに
「飲もう!」とひと言。
50年を経たワインをみんなでちょっと緊張しながら頂きました。


ちなみにボルドー赤のヴィンテージチャートによると、
1957年は「平年」並みの年。
ヴィンテージというのは、もちろん葡萄の収穫年のことですが、
その年の気候条件で葡萄の品質はまったく違い、
ワインの出来も大きく変わってくることはよく知られています。
地域別に20点満点(チャートによっては10点満点)で評価する
ヴィンテージチャートは「飲み頃の指標」であり、
良い年のワインほど熟成には時間がかかり、
あまり良くない年のワインは早くピークを迎えるため、
このチャートを参考にします。

たとえばグレートヴィンテージと呼ばれる1990年や2000年に
造られたワインは、ゆるやかな熟成カーブを描いて、
飲み頃までに少なくとも10年、20年の年月が必要だけれど、
あまり良くない年のワインなら、
若いうちに飲んでしまった方がいい。

味の好みは人それぞれで、
熟成前のガツンとした感じが好きな人もいれば、
枯れかけたくらいが好き、という人もいるので
一概には言えないのだけれど、
まあ、良くない年のワインが古くなっても意味はない、
ということですね。

さて。
ちなみに私の生まれ年のワインは、といえば。

「長いボルドーの歴史のなかでも
 悪名高いヴィンテージとの評判がある」


なんせ、1点も点数が入ってないのですよ!恐るべし。
あまりにも葡萄の出来が悪いので、
ワインを造らなかったところもあるのだとか。
そんな年に生まれてしまった私としては、
上記したコトバに打ちのめされております。

良くない年のワインが古くなっても意味はない。

・・・ええ、どうせ私もね、
飲み頃なんてとっくに過ぎてますけどね。

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プロポーズ大作戦の来週のあるすじ プロポーズ大作戦の来週のあるすじ【2007/04/19 15:24】
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